FUJI-ZONE

2007年11月の更新履歴 [前月]  [次月]

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2007/11/30
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(46) 帰化動物のザリガニ、ナンキンムシ・・・
2007/11/28
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(45) ノーベル賞がつくられたワケは?
2007/11/25
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(44) 日本の国名の由来は?
2007/11/25
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(43) 国旗「日の丸」は鹿児島生まれ
2007/11/23
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(42) 天皇を祝す唱歌だった「君が代」
2007/11/20
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(41) なぜ「ニシムクさむらい」?
2007/11/17
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(40) 新聞黒枠死亡広告第1号は?
2007/11/15
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(39) 宝くじで馬が当たる!?
2007/11/10
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(38) 新大陸の国名はどのようにしてついたのか?
2007/11/07
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(37) マンガ、マンガ雑誌の始まりは!
2007/11/04
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(36)新聞の始まりは?
2007/11/01
雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(35)日本で初めてのボーナス

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 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(46) 帰化動物のザリガニ、ナンキンムシ・・・

ザリガニとりというと、少年少女時代を懐かしく思い出す方も多いことだろう。いまでは完全に日本での〝市民権〟を得ているわけだが、このザリガニ、原産地はアメリカのルイジアナ州南部で、日本に持ち込まれたのが昭和5年というから、実は新参者。昭和5年に、神奈川県大船の食用ガエル養殖場の池に、カエルのえさとして20匹ほど放たれたのが日本デビューなのである。 それが、日本の気候、風土が生育に適していたことに加え、...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(45) ノーベル賞がつくられたワケは?

ダイナマイトを発明して、巨万の富を築いたアルフレッド・ノーベルは、1884年4月12日の新聞で死亡したと伝えた。 ところが、実際に死んだのは兄のルドウィッヒで、あきらかに誤報であった。誤報もショックではあったが、彼をもっと驚かしたのは、ノーベルを「死の商人」として報じてあったことだった。発明したダイナマイトに多くの人を殺傷する能力があったからである。 ノーベルは、心を傷め、人類の発展に寄与した人に...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(44) 日本の国名の由来は?

「日本」という国名がはじめて登場する文献は、720年(養老4)に完成した歴史書『日本書紀』である。歴史学者の井上清氏らによれば、日本という国号は、次のようにして定まったという。 本来、わが国の国号は「ヤマト」で、倭や大倭、大和などの漢字をあてていた。それが、支配地域が大和から全国へと広がったこと、大王から天皇に変わり、中国の皇帝と並びたとうとしたことから、中国人が日本をさして用いた倭の字は受け入れ...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(43) 国旗「日の丸」は鹿児島生まれ

1870(明治3)年1月27日に出された太政官布告によって、日の丸が国旗として定められた。同時に、旗の縦は横の3分の2、赤丸の直径は旗の縦の5分の3と決められた。 「日の丸」は太陽を表し、7世紀の大化改新以後、朝廷の儀式に使われたり、平安時代の後期に扇に日の丸を描いたものなどが登場するが、黒地に金、あるいは金地に赤といった具合に配色は定まっていなかった。 白地に赤の「日の丸」は、江戸時代、島津家が...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(42) 天皇を祝す唱歌だった「君が代」

「君が代」が国歌として法定されたが、「君が代」がどのようにできたかとなると、いまいちはっきりしない。  「君が代」の原曲は、明治2年、鹿児島藩の軍楽隊長を務めていたイギリス人のフェントンが指揮する音楽に心打たれた砲兵隊長の大山巌や御親兵隊長の国津鎮雄らが新たに作曲してもらったもの。 歌詞の「君が代は千代に八千代に……」は薩摩藩の奉祝歌として歌われていたものだが、古今和歌集(巻第七賀歌 三四三の読み人...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(41) なぜ「ニシムクさむらい」?

「ニシムクさむらい」といえば、月の日数が31日ない月のことだ(さむらいは、武士の士、すなわち11月のこと)。「ニシム」までは、偶数月とわかりやすいが、突然7、8月がとんで9月からまた1月交替で31日の月となるのは何故か。それに、2月はどうして28日なのか。どうも合点がいかない。 話は、古代ローマにまでさかのぼる。古代ローマでは、1年を355日としていた。そのため天体の運行と毎年10日ずつ狂いが生じ...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(40) 新聞黒枠死亡広告第1号は?

新聞の社会面の下段に死亡広告の欄がある。太い黒枠で囲まれているのも今では常識だが、はじめて黒枠が使用されたのは、明治11年、東京日々新聞に掲載された後藤象二郎の四女の死亡広告で、広告主は、岩崎弥之助だった。 今では、死亡した人の肉親が広告主となるのが当たり前だが、当時は、この例のように、肉親以外の人が広告主となることも多かった。 明治20年には、とんだ死亡広告騒ぎが起こっている。ある新聞に跡見女学...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(39) 宝くじで馬が当たる!?

宝くじが、わが国で初めて発行されたのは、江戸時代後期の寛永年間(1635年)。神社、仏閣の修築資金に充てる目的で、寺社が発行した。もちろん、幕府の許可を得ての発行で、「ご免富」といわれ、明治6年に禁止された。 復活したのは、終戦間近の昭和20年7月。「勝札」と呼ばれるもので、戦費調達のために、1枚10円、1等10万円で、2億円分売り出された。抽選は、終戦を挟んだ8月25日、勧銀債券部の疎開先、長野...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(38) 新大陸の国名はどのようにしてついたのか?

アメリカ合衆国の「アメリカ」という国名は、コロンブスがつけたわけではない。アメリゴ・ベスプッチという人物が「アメリカ大陸の探検では、オレはコロンブスの先輩だ」と吹聴したのが世間に広まったためについた国名で、「アメリゴの土地」の意である。 カナダは、初めて訪れた白人が「ここはどこだ?」と聞いたところ、勘違いした原住民が「あれは小屋(カナダ)だ」と答えたことに由来する。 メキシコはインディアンの言葉そ...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(37) マンガ、マンガ雑誌の始まりは!

幕末のころ、横浜居留地に住むイギリス人記者ワーグマンが、日本の滑稽な世相をマンガにした『ジャパン・パンチ』という木版刷りの雑誌を発行したところ、大いに話題となった。当時の人は「マンガ」ではなく「ポンチ絵」と呼んだ。 この雑誌に影響された元官吏の野村文夫は、『段々珍聞』というわが国初のマンガ雑誌を創刊した。1877(明治10)年3月24日のことである。 「団々」は、発刊統制が厳しく、「○○」と伏せ字を...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(36)新聞の始まりは?

今のような新聞が登場する前は、木版で和紙に印刷されたカワラ版が、その代役を務めていた。現存する最古のカワラ版は、元和元(1615)年5月8日の大阪落城を知らせる「大坂安部之合戦図」と「大坂卯年図」の2枚である。 さて、近代的な新聞の登場というと、文久2(1862)年に、藩書調所から「官板バタビヤ新聞」が出ているが、これはバタビヤ(オランダ)の新聞をそのまま翻訳したもの。日本初のオリジナル新聞となる...

 概要:[雑学(2)……話のタネ] 話のタネ(35)日本で初めてのボーナス

サラリーマンにとって、なんといってもうれしいのがボーナス。このありがたい賞与制度をわが国で初めて取り入れたのは、当時海運界を牛耳っていた三菱商会で、明治9年のことである。歳末賞与として約1カ月分(平社員5円)を支給した。 日清戦争後になると、紡績会社や百貨店などでも、利益に応じてボーナスを出し始め、明治26年には、三井に入社した中川彦次郎が、優秀な人材を集めるために、年2回のボーナス制度をもうけた...

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