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□ 雑学(2)……話のタネ □

話のタネ(58) 死刑執行後、一般人として生きた男

死刑って何? 

神を交えて一考したいようなことが、明治に起こった。
 
明治5年の夏、石鉄県(愛媛県)で、放火の罪で田中藤作という男が逮捕された。

田中は、死刑を宣告され、同年11月28日、絞首刑に処せられた。

親族から遺体引き取り願いが出ていたので、遺体は、親族に引き渡された。
 
当時のことであるから、親族は力を合わせ遺体をかついで帰途についた。

16キロほど歩いたところだった。

遺体の様子がなんかヘン。

みると、少し脈がある。

一同が目をまるくして驚いていると、脈は次第によりしっかりとなり、ついには完全なものになった。

死刑犯・田中藤作が生き返ってしまったのだった。
 
報告を聞いて困惑した県聴訟課は、上層部にお伺いをたてた。

すると、次のような答が返ってきた。

「スデニ絞罪処刑後蘇生ス、マタ論ズベキナシ。直チニ本籍ニ編入スベシ」

死刑執行という法的措置はすでに終わっており、その後に生き返ったので問題はない。本籍に編入して、他の人同様のふつうの生活にもどれということである。
 
律儀といえば律儀な、鷹揚といえば鷹揚な……放火犯でなく、10人ばかり人を殺した犯人であっても、絞首刑後蘇生したら、同様な措置がとられたのであろうか。
 
こんなこともあった。

明治20年9月7日、拳銃強盗を働いた太田清光こと清水定吉が、市谷の監獄で絞首刑に処せられた。

が、すぐに昇天しない。

息をひきとるまで30分もかかったという。

死刑執行人? 息を殺して見守っていたことだろう。


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