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□ 雑学(2)……話のタネ □

話のタネ(70) 50歳でトラバーユした伊能忠敬

 伊能忠敬といえば、江戸時代後期、全国の海岸を測量して、驚くほど精密な日本地図を作製したことで知られている。

が、伊能忠敬に関しては、驚くべきことがもうひとつある。
 
忠敬、もともとは千葉県佐原の酒造家だった。

ふつうなら、酒造家として人生を全うするところだろうが、忠敬は違った。

50歳のときに、商売のほうでははやばやと隠居を決め込み、江戸に出て天文と測量を学び始めたのだ。

50歳にしてのトラバーユである。

人生80年時代の今日ならまだ理解できるが、当時としては希有なことだった。
 
そして、忠敬が、蝦夷地(北海道)に出向いて地図の作製を始めたのは56歳の春のこと。

それから、全国の測量を終えるまでに16年もの歳月を要した。
 
測量結果をもとに地図の作製にとりかかるのであるが、忠敬自身は、その途中で死去し、幕府天文方高橋景保らがあとを引き継ぎ、地図を完成させた。
 
ただ、地図が完成するまで、忠敬の死は伏せられた。

忠敬は、1818(文政元)年4月13日に息を引き取ったが、その死が公表されたのは、地図完成後の1821(文政4)年9月4日のことである。

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