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□ 雑学(1)……英米小史 □

イギリス小史(9)

12 イギリスを支配するジェントルマン

植民地をフルに生かした貿易や工業化によって富を得た資本家や工場経営者、銀行家などのブルジョア階級と労働者階級に加えて、イギリスにはジェントルマンと呼ばれる教養を兼ね備えた地主階級が存在した。

彼らは、議会を牛耳る支配階級でもあった。

19世紀に入ると、この三者の闘争が顕著になる。

工業都市の労働者たちは、狭く汚い労働者住宅に閉じ込められ、低賃金で1日12時間以上も働かされた。

さらに、5年ごとに不況が押し寄せ、そのたびに多くの労働者が失業を余儀なくされた。

そのような状況を背景に、1839年、青年男子の普通選挙権などを求めて、労働者たちが立ち上がった。

世界で最初の労働者による大規模な政治闘争だった。

それは1942年、48年にも繰り返された。

しかし、闘争は実らなかった。


一方、自由貿易を求めるブルジョア階級も、関税の引き下げや選挙法の改正、穀物法の撤廃などを求めて、議会に迫った。

議会は段階的に関税を引き下げたり、中南米諸国の独立を認めるなど、自由貿易政策をとって、これに応えた。

また、1832年には、ブルジョア階級をふくむ中流階級の選挙権を認めた。

13 民主化の波

1851年、第1回万国博覧会がロンドンで開催された。

1873年に大不況が訪れるまでの二十余年は、近代イギリス史上、最も繁栄した時代だった。

7つの海を支配し、イギリスが「世界の工場」と呼ばれた時代である。

工業だけでなく、農業も著しい発展を遂げた。労働者の賃金もはね上がり、国全体が豊かさを享受した。
 
しかし、この間も、政治を支配したのはジェントルマンと呼ばれる地主階級で、中流階級やブルジョア階級は、オックスフォードやケンブリッジなどの高等教育機関への入学すら許されなかった。

しかし、1871年以降それらの制約も撤廃される。

その前年(1870年)にはパブリックスクール法が成立し、パブリック教育の打一歩が踏み出された。

また、1867年には、都市労働者の21歳以上の男子世帯主の選挙権を認める第2次選挙法が成立し、自由党と連携することで労働組合の代表者が下院に送り込まれるようになった。

さらに1884年には農村労働者にも世帯主の選挙権を認めるとともに、代議士の選出数は人口に比例するという大選挙改革が断行された。

ちなみに、女性に選挙権が認められたのは第一次世界大戦後のことである。


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