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□ 雑学(2)……話のタネ □

話のタネ(6)山羊が教えてくれた「コーヒーの木」

得たいの知れない木の実を食べた山羊が興奮してるのを見かけた坊さんが、試しに食べてみたら、ほんのり苦みのある味がした――遠くエチオピアでの、コーヒー発見の一コマである。

最初は、この実の粉を団子にして食していたが、13世紀ごろになると豆を焙って飲むようになり、17世紀になってヨーロッパに伝わり、砂糖を入れるようになった。

1675年、コーヒーハウスに入りびたる男たちがよからぬ謀議をはかるのではと心配したイギリス国王チャーチル2世は「コーヒーハウス閉鎖令」を出したが、まったく効果はなかった。

日本へは南蛮人が伝えたが、文献にその名が登場するのは、元禄2年、俳人大淀三千風が「なんばんちゃ」と記したものが最初である。味のほうは、苦くてまずいと、いまいち人気がなかった。

明治になると、インドやハワイなどから苗木を輸入して栽培したり、「珈琲」という漢字も生まれたが、「漢方薬に牛乳を混ぜたよう」と、日本人の味覚には、なかなかなじめなかった。

さて、コーヒーというと、喫茶店。わが国最初の喫茶店は、明治21年4月6日、東京下谷区(台東区)に開店した「可否茶館」。

経営者は、鄭永慶という中国人だった。

最初は、ものめずらしさあって人々の興味もひいたが、結局、それも長くは続かず、3年目にはつぶれてしまった。

コーヒーや喫茶店が普及したのは、それから20年後の、明治も末になってからのことである。



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