FUJI-ZONE

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


→ 「スポンサー広告」目次へ戻る
*    *    *

Information

□ 雑学(2)……話のタネ □

話のタネ(15)巨チンは永遠に不滅です!

巨人が久しぶりにリーグ優勝をした。

さて、巨人といえば、巨チン(!?)

『生の世界記録』(G・Lサイモンズ著・石渡利康訳)によると、勃起したときの平均サイズは、西ドイツ人21・5センチ、デンマーク人20センチ、アメリカ人とスェーデン人19・5センチ、黒人19センチ、ウソかマコトかスーダンの黒人ときたら30センチもあるという。

日本人は、13センチ前後といわれるから、ほんのちょっぴり負ける。

でも、江戸時代の『閨中紀文・枕文庫』に、

「長きは肝の臓に当たるゆへ、婦人これをきらふ」

とあるから、卑屈になる必要はないし、もちろん、わが国にも世界に誇れる超ド級の巨チンの持ち主は存在する。

その筆頭は、「道鏡は 座ると膝が 三つでき」の古川柳で名高い弓削道鏡。

その巨チンで、女帝・称徳天皇の寵愛を一身に受け、法王の位にまで登りつめた。

さらに皇位をものぞんだが、称徳天皇が死すと、短小派、いや反対派に下野の薬師寺別当に左遷させられた。

そのとき「私は、これで身を引きますが、わが巨チンは永遠に不滅です」と言ったかどうか。ともかくも巨チン伝説は残ったのだった。


江戸時代にも、巨チン男がいた。『天保風説見聞秘録』(作者未詳)に、武州川越在市原村の百姓、助右衛門(23歳)の巨チンについて、

「このたび助右衛門、着座いたし居り候膝より先き弐寸八分(8センチ5ミリ)ほど出で居り候」

とあるというから、道鏡も真っ青。

見世物氏がわんさか、スカウトに来たというのもうなずける。

明治15年1月4日の『郵便報知』という新聞は、福岡県在住の9歳5カ月の男の子のものは、長さ6寸(約18センチ)、周囲12・7センチもあると、報じている。

文句なく父親よりも大きかったであろう。

母親の無念さ、察するにあまりある。


→ 「雑学(2)……話のタネ」目次へ戻る
*    *    *

Information


+
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。