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□ 雑学(2)……話のタネ □

話のタネ(28)ジャズ・レコード第1号のスィングできない事情

黒人の産んだ代表的な音楽に、ブルースとジャズがある。
 
ブルースは、その悲惨な暮らしや心情を表現する独特な歌曲として、アメリカの黒人たちの間で伝承されてきたもので、1914年には、黒人コルネット奏者のW・C・ハンディが「セントルイス・ブルース」を作曲し、大ヒットした。
 
一方、ジャズは、1900年代になって生まれたもので、ブルースに比べれば、その歴史は浅い。
 
ニューオーリンズの黒人やその混血(クレオール)たちが、クラシックを学んだ黒人ピアニストが考え出した「ラグタイム」と呼ばれるピアノ・スタイル、ピアノ曲を自分たち流にアレンジして、ピアノなしのブラスバンドで演奏し始めたのが始まりであった。
 
当初、ジャス(Jass)と呼ばれたが、すぐにジャズ(Jazz)と呼ばれるようになった。
 
レコード会社は、この黒人たちの生み出した音楽をすぐにレコードにしようとはしなかった。
 
しかし、黒人たちを真似て白人たちもジャズを演奏するようになり、ニューヨークにやってくるや、レコード会社はすぐに彼らにとびついたのであった。

露骨な人種差別だった。
 
1917年2月17日、白人トランペッターのニック・ラロッカと彼のバンド、オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドにより、「デキシー・ジャズ・バンド・ワンステップ」と「りヴァリー・ステイブル・ブルース」が吹き込まれた。

ジャズ・レコード第1号であった。


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